技術解説(フィリップス・ジャパン)
2024年9月号
Step up MRI 2024
「MR Workspace R12」における新しい心血管領域アプリケーション
フィリップスは,臨床現場でのunmet clinical needsをいかに解決するかを最優先に製品開発を行っている。本稿では,MRIソフトウエアである「MR Workspace R12」に搭載される新しい心血管領域アプリケーションについて,それぞれのunmet clinical needsとそのソリューションを交えながら解説する。
■Arteriovenous TRANCE
近年,特に小児において,心血管疾患フォローアップでの繰り返し造影剤投与が問題になっており,非造影MRAのニーズが世界的に高まっている。フォローアップ検査において,造影MRAの代用となる非造影MRAには高いロバスト性が求められるが,従来の方法では動静脈の分離に重きを置いていたため,時として血管の部分欠損や画質低下を来すことがあった。フィリップスではそれらの弱点を克服するため,逆転の発想で,動静脈を分離しない代わりにすべての血管を抜かりなく,安定して,全身どこでも描出できる,というコンセプトで開発したのが「Arteriovenous TRANCE(AV-TRANCE)」である。
AV-TRANCEは,relaxation-enhanced MRAと呼ばれる新しい手法を採用している。これは液体である血液が有する長い緩和時間に着目した撮像法で,血液以外の背景信号を効果的に抑制することで,流れに依存しない(flow-independent)非造影MRAを得ることが可能であり,基本的に心電図・脈波同期は不要である。AV-TRANCEシーケンスは,3D segmented gradient echo(Turbo Field Echo:TFE)にmDIXONを併用したmDIXON-TFEをベースに,Inversion recovery(IR)パルスとT2 preparation(T2prep)パルスを組み合わせることで,T1/T2緩和時間の長い血液を強調しながら,筋肉など比較的緩和時間の短い組織を抑制し,mDIXONで脂肪を抑制することで高コントラストのMRAを得られる(図1)。血管を安定して描出するためには,IR delayやT2prep time,TFEシーケンスのk-space orderingやstartup echoesなど,細かいパラメータの最適化が必須だが,AV-TRANCEではこれらのパラメータ設定が「Relaxation-enhanced Angio mode」という一つのパラメータで制御され,複雑なユーザー設定なしで,必要なすべての設定がバックグラウンドで最適化される。コイルや撮像部位の制限はないため全身での撮像が可能であり,例えば,鎖骨下から手関節までの全上肢MRAなどが比較的簡便に撮像できる(図2)。また,腹部血管の詳細構造を描出するために呼吸同期の併用も可能である。さらには,高速撮像技術である「SmartSpeed AI」との併用も可能で,部位・目的に応じた撮像への柔軟性を高めている。
AV-TRANCEの臨床有用性として,これまで頸部〜大動脈弓部病変や腎動脈狭窄,四肢の血管奇形の評価,また,動脈だけでなく静脈病変の検出などの報告がある1),2)。さらに,先天性心疾患(CHD)の患者群では,AV-TRANCE は造影MRAと比較して胸部MRAを良好かつ安定した画質で提供できるため,フォローアップで繰り返し検査が必要な時に,AV-TRANCEを造影MRAの代用とすることは臨床的意義が高いと報告されている3)。
日本の先生方とのアイデアから生まれた日本発の製品であるAV-TRANCEが,今後さまざまな施設や患者で活用されることを期待する。

図1 AV-TRANCEの原理

図2 AV-TRANCEによる広範囲非造影MRAの例
■High Bandwidth IR LGE
近年,ペースメーカーなどの心臓植込み型心臓電気デバイスの使用が増加している。デバイスを装着した患者のうち,50〜75%が生涯に1回以上の心臓MRI検査を受ける可能性があるという推定もされており,心臓MRIの重要性は増している4)。また,2024年に「心臓植込みデバイス患者のMRI検査に関する運用指針」が改訂されたことを受け5),今後,心臓植込みデバイス患者のMRI検査が増えていくと予想される。
心臓MRIの中でも遅延造影(LGE)は,心筋瘢痕(scar)の位置や大きさを同定できることから,心筋組織の診断における臨床的なスタンダードとなっている。しかし,心臓植込みデバイスに含まれる金属がデバイス周囲の磁場を歪めるためIRパルスの効きが不十分になり,LGE画像上でアーチファクトを発生させる。このアーチファクトが心筋に重なると心筋のscarと類似して見える,またはscarを隠してしまうことにつながり,診断の妨げとなりうるというunmet clinical needsがあった。
このような問題に対処するため,フィリップスでは,LGEに使用するIRパルスの送信バンド幅を拡大した「High Bandwidth IR」を開発した(図3)。例えば,CRT-Dを使用した場合,心筋における周波数オフセットは600〜2000Hzと報告されているが6),一般的なIRパルスの幅ではこのような広い帯域に対応できない。一方,High Bandwidth IRパルスでは,パルスのバンド幅を広げたことに加え,パルス中心である周波数オフセットをデバイスに応じて任意の値に設定できるようになり,広い周波数帯域においても一貫してスピンを反転させることができるようになる。
図4に,High Bandwidth IRを使用した例を示す。通常のIRパルスでは,デバイス近傍において顕著なアーチファクトが発生する一方,High Bandwidth IRを使用すると,アーチファクトが抑制され,心筋の評価が可能となる。このような効果は海外の大規模な検討でも示されている。例えば,ライプチヒ大学では,212名のICD使用患者にHigh Bandwidth IRのLGEを含む心臓MRI検査を行ったところ,98%以上の患者で診断可能な画質が得られ,かつ当初の診断,治療方針の変更に至った割合がそれぞれ40%,21%だったと報告している7)。High Bandwidth IRを使用することで,多様な患者やデバイスにおいて安定したLGE検査を提供できるようになると期待する。

図3 一般的なIRパルス(a)とHigh Bandwidth IRパルス(b)の模式図
オフセットは1000Hzに設定

図4 CRT-D装着ボランティアにおける,一般的なIRパルスで撮像された2D T1-FFE画像(a)とHigh Bandwidth IRを使用して撮像した2D T1-FFE画像(b)
*はデバイス位置,▼はアーチファクト領域(3T,国内データ)
販売名:フィリップス Elition 3.0T
医療機器認証番号:230ACBZX00009000
設置管理医療機器 / 特定保守管理医療機器 /
管理医療機器
販売名:フィリップス Ambition 1.5T
医療機器認証番号:231AFBZX00015000
設置管理医療機器 / 特定保守管理医療機器 /
管理医療機器
●参考文献
1)Yoneyama, M., et al. : Free-breathing non-contrast-enhanced flow-independent MR angiography using magnetization-prepared 3D non-balanced dual-echo Dixon method : A feasibility study at 3 Tesla. Magn. Reson. Imaging, 63 : 137-146, 2019.
2)Dillman, J., et al. : Quality and safety in pediatric radiology. Pediatr. Radiol., 49(4): 431-432, 2019.
3)Isaak, A., et al. : Non-contrast free-breathing 3D cardiovascular magnetic resonance angiography using REACT (relaxation-enhanced angiography without contrast)compared to contrast-enhanced steady-state magnetic resonance angiography in complex pediatric congenital heart disease at 3T. J. Cardiovasc. Magn. Reson., 24(1): 55, 2022.
4)Ainslie, M., et al. : Cardiac MRI of patients with implanted electrical cardiac devices. Heart, 100(5): 363-369, 2014.
5)日本医学放射線学会, 他 : 心臓植込みデバイス患者のMRI検査に関する運用指針. 2024.
6)Hilbert, S., et al. : Artefact-free late gadolinium enhancement imaging in patients with implanted cardiac devices using a modified broadband sequence : Current strategies and results from a real-world patient cohort. Europace, 20(5): 801-807, 2018.
7)Lindemann, F., et al. : Clinical utility of cardiovascular magnetic resonance imaging in patients with implantable cardioverter defibrillators presenting with electrical instability or worsening heart failure symptoms. J. Cardiovasc. Magn. Reson., 22(1): 32, 2020.
●問い合わせ先
株式会社フィリップス・ジャパン
〒106-0041
東京都港区麻布台1-3-1 麻布台ヒルズ森JPタワー15階
フリーダイヤル:0120-556-494
【フィリップスお客様窓口】
土日祝休日を除く9:00~18:00
www.philips.co.jp/healthcare