「Salesforce」を使ったアプリケーション開発の実際 
熊谷 敏克(飯田市立病院 医療情報担当専門幹)/ 木下 成美(飯田市立病院 医療情報部 情報システム係)
Salesforceを使ったアプリケーション開発

2025-1-22


はじめに

現代の医療現場では,業務の効率化や情報の一元管理が急務となっている。特に,院内のシステム管理を行う立場として,カスタムアプリケーションの開発が重要な役割を果たしている。当院の医療情報部では約20年間,システム開発やさまざまなシステム導入を行ってきた。近年は,特にインターネットを利用したシステム開発の新しいアプローチとして,「Salesforce」を活用したノーコードおよびローコードによるアプリケーション開発に取り組んでいる。本稿では,医療現場におけるSalesforceを用いたカスタムアプリケーション開発について,その目的とツールの選定,開発の経緯,運用,評価,今後の展望について解説する。

目的とツールの選定

コロナ禍では,外部とつながるシステム導入が急務となり,問診や予約などのクラウド型サービスを導入・検討したが,それらは電子カルテとシームレスにつながらない。また,外部(患者・家族,医療機関,介護施設,自治体・オンライン資格確認を含む全国医療情報プラットフォーム,取引先業者)と連携する業務は多岐にわたる。Salesforceを導入することで,業務に応じてカスタムアプリケーションを迅速に構築し,現場のニーズに即応できる点が大きな魅力となった〔電子カルテなどのシステム間連携はPoC(Proof of Concept)段階〕。
ツールを選定した理由は以下のとおりである。

1.開発が容易(プログラミング未経験者でも可能)
(1) メジャーであり自ら事例や活用方法を調べることができる。
(2) スキルアップするための資格がある。

2.開発の迅速化
「App Builder」や「Flow Builder」などを利用することで短期間に開発できる。

3.クラウドプラットフォームの拡張性
(1) 初期費用が抑えられ失敗のリスクを回避できる。
(2) スモールスタートできる。
(3) 定期的に機能強化されるので,生成AIなどの最新技術を利用できる。
(4) データベースが統合されており,共通データを複数のアプリケーションから利用できる。
(5) 「AppExchange」を通じて多様な外部アプリケーションとの連携ができる。

開発の経緯

電子カルテの多くは病院内で閉じられたネットワーク上で動作するが,医療・介護連携において最適とは言えず,地域の医療機関などと柔軟に連携するツールの導入を検討していた。さらに,コロナ禍を機にWeb型の問診システムや予約システムなど院外とつながるツールを必要に応じて導入してきていたが,データ連携できず効率化の決定打とはならなかった。また,当院のアプリケーション開発の歴史の中でも,インターネットを利用した開発は,技術,情報セキュリティ的にハードルが高く,要望があっても敬遠してきた分野で
あった。このような状況において,Salesforceの導入により,各部署の業務に合わせ,さらにデータ連携できるアプリケーションをノーコード・ローコードでセキュアかつ迅速に開発できる環境を整えた。

運用と評価

具体的に開発したのは,病院に訪れる業者の「来院予約」と,「ID-Link」(エスイーシー)を利用している地域の医療機関への「訪問記録管理」だ。どちらのカスタムアプリケーションも,始めに必要な入出力項目を洗い出し,値を格納する箱であるオブジェクトを作成する。その中にデータを整理するための項目を作成し,データ型やほかとのリレーションを設定していく。これらはすべて画面の流れに沿って選択していくことで設定が完了する。「来院予約」では外部ユーザー向けの「Experience Cloud」を利用し,豊富なテンプレートを基にノーコードで簡単にサイトを構築することができた(図1)。入力データとオブジェクトをデータ連携させることも可能である。さらに,サイトから受けた予約申し込みに対して,自動で受付完了メールを返信するプロセスの自動化をFlow Builderを使い構築した(図2)。こちらもプログラムを一切書くことなく,マウス操作によって処理を作成できる。まだ細かな修正などが必要で試験運用にとどまっているが,豊富な機能と簡単な操作によって柔軟かつ迅速に開発を行えた。
Salesforceを活用したカスタムアプリケーションは,要望はあったが実現できていないスマートフォンやタブレットなどを用いた業務,インターネットを利用し院外とつながる業務(当院ではID-Linkを導入しているがその範囲外)に柔軟に対応可能である。また,今回開発に携わったのは,プログラミング未経験の職員であるが,短期間で開発できた。
Web問診などのSaaS型アプリケーションは必要に応じて順次導入してきたが,電子カルテとの連携やアプリケーション間連携が困難なことが多く,統合プラットフォーム型基盤のSalesforceはデータ連携が比較的容易であった。
Salesforceによる開発の評価ポイントは次のとおりである。
(1) 標準で搭載しているデータのリレーション管理機能が優れている。これは開発工数の削減やメンテナンスの効率化につながる。例えば,地域の医療機関のデータを参照すると,その医療機関からの問い合わせやその対応状況,「ToDo」や「Google Map」などを容易に関連づけられ,情報が集約される。今後,これを患者情報などに置き換えて考えても,関連づけられた情報を集約する機能の設計や,開発工数の大幅な削減が期待できる。
(2) 統合プラットフォームであるため,アプリケーション間連携や生成AIなどとの連携が容易である。
(3) 学びやすい環境がある。これはインターネット上で容易に調べたり,トレーニングの仕組みが整っていたりするため,自ら開発できる。

図1 作成したExperience Cloudサイト

図1 作成したExperience Cloudサイト

 

図2 Flow Builderを使ったフロー作成画面

図2 Flow Builderを使ったフロー作成画面

 

今後の展望(図3)

医療情報システムの情報セキュリティに関する考え方をゼロトラストネットワーク型思考に移行していくことや,マイナンバーを利用した全国医療情報プラットフォーム,電子カルテ情報の標準化などの医療DX,そして生成AIなどの最新技術の活用など迅速に対応できることが重要な課題である。ノーコード・ローコードのアプリケーション開発は,これらに関して柔軟に対応できると考える。
Salesforceを活用することで,地域医療連携や患者個人とのコミュニケーションを向上させるとともに,全国医療情報プラットフォームとの連携,電子カルテ上で生成AIを活用した患者情報収集アプリケーションやサマリー作成支援アプリケーションなどを開発し,DXを加速させていきたい。

図3 Salesforceを活用したアプリケーション開発による医療DXの加速

図3 Salesforceを活用したアプリケーション開発による医療DXの加速

 

まとめ

電子カルテにクラウドサービスを連携させ,クラウド上で最新技術の活用やアプリケーション・データ連携させることは,今までの医療情報システムに大きな変革をもたらす。さらに,ノーコード・ローコードアプリケーション開発は,新たなシステム開発の手法である。30年ほど前から,プログラムは数年後には記述しなくてもよい時代になると言われ続けてきたが,ようやくそれを体感した。ノーコード・ローコード開発といっても一朝一夕,片手間でできる訳ではないが,アプリケーション開発のハードルを下げ,現場の課題解決を医療機関自ら行うことで,医療の質およびサービスのさらなる向上が期待される。

 

(くまがい としかつ)
飯田市立病院医療情報担当専門幹。民間企業で約10年SEを経て,2003年飯田市立病院医療情報部へ入職。約20年間,院内の医療情報システム全般(管理・開発・運用・推進など)に携わり2024年より現職。

(きのした なるみ)
飯田市立病院医療情報部情報システム係主事。プログラミング未経験。Salesforceによるノーコード・ローコードのアプリケーション開発を担当。


TOP